遂にわかった!日本民族のルーツ。物部、秦の争いが南北朝へ


日本人の三大源流は(1)縄文人、(2)弥生人、(3)古墳人からなる。
(1)縄文人
  ①アイヌ族、②先住海人族・平(へい)氏、③渡来シュメール族・橘氏
(2)弥生人
  
  ①渡来古代ユダヤ10支族・海部氏、物部氏、秦氏、②中国華南地域から来た倭族
(3)古墳人
  ①崇神天皇以降の突蕨系騎馬民族・土師(はじ)氏、西文氏、②応神天皇以降に秦氏が半島から呼んだツングース系越氏
まず、縄文人の先住海人族・平(へい)氏ですが、これはのちの平家となります。
一方、渡来シュメール族・橘氏ですが、和歌山県近辺に渡来し居住、海人族として物部氏とともに蘇我氏と争い脚光を浴びることがなかったが、天武天皇の代から橘美千代が宮中で命婦として勤め、女帝元明天皇から橘宿禰の氏姓を賜り、その子諸兄が有名。皇室の警察犬を使う犬養氏、安曇氏、葛城氏も一族。橘氏は和田氏、楠氏につながります。
これとは別に、南九州にはミクロネシア系の海人族・熊襲あるいは隼人が上陸しました。
次に、弥生人のうち海渡人(ウミワタヒト)という海人族が海部氏、物部氏で、物部氏は秦の始皇帝の側近・徐福によって連れてこられた一団と言われています。海部氏が社家となる丹波地方にある籠神社では、「アマテルとニギハヤヒの両神は同体なり」として、海部氏と物部氏の合併を言い伝えています。つまり、聖徳太子と蘇我氏に討たれた物部氏は一部は大和朝廷に残りましたが、一部は丹波地方に移住したようです。そしてその後、蘇我氏は秦氏系の中大兄皇子(天智天皇)、倭族系の藤原氏に討たれます。
その秦氏ですが、山渡人(ヤマワタヒト)という大陸から来た一団を指し、中国秦王朝の末裔と言われています。
参考書籍:失われた徐福のユダヤ人「物部氏」
参照:http://ameblo.jp/ici05876/entry-11517008918.html
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