菅沼光弘が語った「韓国情報機関と在日裏社会」 ~日韓の闇人脈を網にかける諜報工作とは


戦前より続く裏社会と情報機関の結合、その歴史は長い。戦前、日本軍部が構築した人脈、そして在日アウトローをフル活用し情報工作を展開した韓国情報機関、その深く暗いネットワークの全容が語られる。

国家の安全保障を担うインテリジェンス機関も、ホンネの裏情報が飛び交う「地下社会」とは様々な局面で接触する機会がある。そしてそのような場面において、在日人脈が暗躍してきたのもまた事実だ。「必要悪」とも言えるそうした関係は、どのような効果を生んでいるのか?

日本社会のあらゆる部分から情報収集を行ってきた経験を持つ元・公安調査庁調査第二部長の菅沼光弘・アジア社会経済開発協力会会長に聞いた。
<インタビュー・李策>

●韓国情報機関と在日裏社会

■軍部「秘密戦」と大陸浪人

  ―― 戦前・戦後を通じて、日本の情報工作には様々なアングラ人脈が登場します。彼らはどのようにして、国家的な情報活動のなかで重きをなすようになったのでしょうか?

現在、日本にはアメリカのCIAやイギリスのM16のような中央情報機関が存在していませんが、過去を振り返ってみても、日本の情報活動は民間に依拠するところが大であったという経緯があります。

そもそも日本の情報活動というのは、明治維新以降に軍が大陸進出を図るなかで生まれました。軍が大陸において中国やロシアなどと対峙するなかで行われたヒューマン・インテリジェンス、あるいは様々なかたちの謀略、破壊活動、心理戦・・・今日では「アクティブ・メジャース(積極工作)」と言いますが、 当時は秘密戦と呼びました・・・・・これらを担ったのは国家機関ではなく、大陸浪人と呼ばれる人々だったのです。

特筆に値するのは、日本の民族運動の源流とも言われる「玄洋社」(主宰・頭山満)と「黒龍会」(主宰・内田良平)でしょう。

彼らは西欧列強に対抗するためのアジア主義を掲げ、中国の孫文や李氏朝鮮の金玉均ら隣国の開明派、当時、欧米諸国の植民地下にあったイスラム指導者などアジア各国の独立運動家を強力に支援しました。

その一方で、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦と日本の関わってきた数々の戦争において、資金集めや様々な裏工作を担ってきた。
軍は彼らの経験と人脈に依拠して情報活動を行っていたのです。

日露戦争中、ロシア国内で革命の機運を煽って、政情不安に陥れ、ロシアの継戦を困難にして日本の勝利に貢献した明石元二郎大佐を支援したのも、こうした人々です。彼はロシア内務大臣の暗殺や「血の日曜日事件」にも関わったとされますが、情報収集や工作のために接触した相手はロシア人に限られず、フィンランドの革命派やイスラム教徒のタタール人にまで及びました。これも黒龍会の支援があってこそ可能だったのです。

軍はその後、シベリア出兵を機に関東軍司令部隷下に「ハルピン特務機関」を設置して対ソ情報活動を本格化させました。

ノモンハン事件での失敗の後、その反省に立ってこれを「関東軍情報部」として発展させ、欧米にあったような近代的な情報機関が育ったのです。しかし、その後も、大戦中を通じて様々な私的組織が情報活動の一端を担い続けました。

  ―― 当時のそうした情報活動の原動力は何だったのでしょうか?

玄洋社や黒龍会のような人々を突き動かしていたのは、純粋な愛国心です。彼らにはまた、非常に理想主義的なところがあった。そこに知的好奇心が重なることで、中央アジアからトルコにいたるイスラムの世界、そしてインドや東南アジアまでを股にかけるような行動力が生まれたのです。

しかしその後、大陸雄飛と言えば格好いいが、要するにひと儲けしようという種々雑多な人々が大量に入ってきた。アヘンなど軍部から得られる利権で一攫千金しようという輩が大勢いて、終戦までには玉石混交の状態になりました。実際、軍の意を受けて動いていた特務機関は莫大な額の物資を扱っていたわけで、児玉誉士夫も「児玉機関」として管理してきた旧海軍の滞留資産を持って上海から引き揚げてきたわけです。

――― 児玉誉士夫は終戦、日韓関係にも影響力を持ちました。そういうところでも終戦の経験や人脈が生かされたのでしょうか?

日韓が接近したのは日本陸士出身の朴正煕大統領が誕生してからで、彼とともに維新クーデターを起こした同志の多くは旧日本軍関係者でした。

それにしても、朴正煕を支えた韓国中央情報部(KCIA)は、きわめて不思議な組織でした。当時、韓国軍は米軍の指揮下にありましたから、KCIAもその名が示すとおり、アメリカの圧倒的な影響力下にあったのは間違いありません。しかしその構造はと言えば、政府(あるいは党)と表裏をなして国家を支配した旧ソ連の国家保安委員会(KGB)と瓜二つ。その上、諜報や謀略のノウハウは陸軍中野学校などで教えられていた日本式のものだったのです。

そのような生い立ち故か、KCIAは日本を舞台にした対北朝鮮工作・・・北の工作員に対する調査や活動妨害、または対総連工作、あるいは日本の政界に対する工作を行ううえで、在日の暴力団組織を積極的に活用しました。旧日本軍が大陸浪人に「特務」を任せていたのと同じ発想です。

日本で最初にKCIAの協力者になったのが、東声会を率いていた町井久之(鄭建永)元会長です。町井は在日の左派組織である在日朝鮮人連盟(朝鮮総連の前身)と対立した朝鮮建国青年同盟の出身で、後に民団の幹部も務めました。また児玉誉士夫らとも親しく、KCIAのエージェントとしてはうってつけだったのです。

その後、1979年10月に朴大統領が腹心の金載圭KCIA部長によって殺されると、韓国では軍の保安司令部がKCIAの地位にとって替わります。当時の全斗煥保安司令官が権力を掌握して大統領となり、KCIAは潰されてしまたのです。

その後、全斗煥、盧泰愚の両政権にわたって保安司令部が権力を握り続けるのですが、その「ウラの在日代表」としてスカウトされたのが、大阪の柳川組組長・柳川次郎(梁元錫)でした。柳川組は「殺しの軍団」の異名で知られた超武闘派組織で、幹部の大人数が在日韓国・朝鮮人だった ことでも有名です。

柳川組長は韓国に対する忠誠心が非常に強く篤く、とくに韓国軍に対しては物心両面の支援を惜しまなかった。

彼が金浦空港に到着すると赤絨毯が敷かれ、儀仗兵が敬礼したほどです。中曽根康弘元首相は82年の総理就任後、初めての外遊で韓国を訪問しましたが、この時に、柳川組は全大統領の実弟である全敬煥氏とのつながりが強かった。中曽根訪韓をめぐっては瀬島龍三氏らいろいろな人が動いたようですが、全斗煥 = 全敬煥 = 柳川組のラインが最も強かったと思います。

■韓国情報部と在日暴力団の関係は終わるかも

―― 現在の日本においては、右翼とヤクザは同義として捉えられていることが多く、インテリジェンスの要素は見出しにくいのが現状です。

60年安保の時、まだ非常に弱体だった警察を助けてデモ隊に対抗しようと、児玉誉士夫、田中清玄ら右翼の大物の主導で、ヤクザ組織の結集が図られたことがあります。右翼とヤクザはもともと、伝統や「侠」の気風を重んじる点で性格が似ていました。そのうえ稲川会の稲川聖城・初代会長ら大物が、田中清玄から影響を受けていたという経緯もあった。つまり右翼にヤクザが使われるかたちで、相互の合体が始まったわけです。

ところがそのうち、右翼が合法的に活動資金を集めるのが難しくなった。反対にヤクザはバブル経済で潤うようになり、右翼にヤクザのカネが入るようになったのです。

その後さらに、暴力団対策法によって締め付けを受けたヤクザが、組織の新しいあり方を求めて政治結社、つまり右翼団体を名乗るようになった。このようにして、右翼は徐々にヤクザに呑み込まれてきました。現在では暴対法によって、ヤクザは完全に「犯罪組織」として扱われているわけですから、警察や公安当局に対する警戒心も強いものがあります。
ちなみに、韓国もこれと似たような状況があります。

柳川組組長の死後、韓国情報機関の「在日代表」の座を引き継いだのは四代目会津小鉄の高山登久太郎(姜外秀)でした。彼は、戦中は予科練を希望していたというだけに、柳川組長ほど熱心な愛国者ではなく、韓国に対しては批判すべきは批判した。

しかし、そういうことがあったにせよ、韓国本国において高山元会長の関係先が警察に摘発されるということが起きるように

なったのです。やはり民主化が進展すれば、軍事政権時代のこうしたつながりは「負の遺産」とみなされて清算されるわけで、韓国情報機関と在日アングラ社会との協力関係はなくなりました。

  ―― 当時情報当局とアングラ社会のつながりが弱まると、インテリジェンス現場はどのような影響がでるものなのでしょうか?

たとえば北朝鮮の工作期間が日本において活動する場合、覚せい剤の密売やマネーロンダリングなどについては、ヤクザが請け負っているケースが非常に多いわけです。インテリジェンスの見地から言えば、そうした活動をある程度黙認しながら、あるいは泳がせながら情報を収集しなければならないのですが、現行法制のなかではヤクザの活動は厳しく取り締まなければいけないわけで、情報当局としては非常にジレンマを感じる局面もあるでしょう。

それでも、在日韓国・朝鮮人は人口が多く、総連や民団などのオモテの組織からヤクザを含むアングラ社会まで非常に多彩な人脈が広がっているので、情報を収集する余地はまだまだあるのではないでしょうか。(引用ここまで、敬称略)

続きはリンク先をご覧ください。

※転載元:創価学会と極左動向様

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